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新型感染症関連
感染症予防対策の上、以下のとおりに集会を開催いたします。
〇マスクの常時着用
〇入退場時に手指の消毒にご協力ください。
〇窓を常時開放しています。
〇来会前には検温し、平熱より高かったり、体調がすぐれない場合は来会を控えてください。また、日々の検温も心掛けてください。
〇その他、来会の際に教会の掲示物をご確認ください。
〇祈り会 
毎週水曜日
午前10時~、午後6時半~
〇教会学校
日曜午前9時~
〇バイブルカフェ
1月20日(木)10時半~


教会での礼拝に出席できない場合には、家庭で礼拝予告にある聖書箇所を読み、祈りを合わせましょう。

  豊橋中部教会のホームぺージへようこそ!!

豊橋中部教会は1896年に創立した日本基督教団に属する教会です。また、宗教改革以来のプロテスタント教会で、改革・長老教会の伝統を重んじる全国連合長老会に所属し、その中の地域である東海連合長老会に属する教会です。

聖書の御言葉に聞く礼拝を第一としています。神の御言葉である聖書に耳を傾けることが人生において最も大切であると考えるからです。共に聖書の御言葉に耳を傾け、真の安息の中を歩むことができればと願っています。

日曜日の礼拝でお会いできるのを心待ちにしております。
礼拝出席がかなわない方などは、牧師にご相談ください。

次週礼拝

主日礼拝 
日 時 : 1月23日(日) 10時15分~
説教題: 「四千人の給食」
聖書箇所:詩編132編14‐15節
     マルコによる福音書8章1節ー10節
説教者:  阿部 啓牧師 

       2022年1月16日説教要旨
    マルコによる福音書7章31節-37節
「天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。これは、「開け」という意味である。」
           マルコによる福音書7章34節より

デカポリス地方
直前で語られた
24節以下の子供と小犬の対比もそうでしたが、異邦人への救いが一つのテーマとなっているのがこの物語です。
デカポリス地方の人々は、ギリシア文化を中心としていて、ユダヤ人を敵対視する傾向にあったそうです。このことは、子供と小犬の対比がそうであったように、デカポリス地方の人々に対しては、神の救いが閉じられているとの基本理解を意味します。
彼らに対して救いが閉じられていることを象徴するかのような一人の人が連れて来られます。それが「耳が聞こえず舌の回らない人」です。
言語能力ということはもちろんですが、神の御言葉に対する耳、賛美する舌とみることができるものです。
つまり、異邦人であることと、神の御言葉から離れていることとを意味を含んだ言い回しです。シリア・フェニキア出身の女も、デカポリス地方のこの「耳が聞こえず舌の回らない人」も同じく、地理的にも神との関係においても異邦人なのです。

〇「耳が聞こえず舌の回らない人」
「耳が聞こえず」を耳がふさがれている、閉じられているとイメージすることは容易でしょう。単純に聞きたくないときには耳をふさぎますし、実際に大きな音、騒音に遭遇した時などに手で耳をふぎます。
舌の回らない」とは「やっとのことで話す」ということで、全く話すことができないわけではありませんが、話すことにかなり不自由を覚える人です。
今でこそ、技術の進歩でかなりの速さで文字での会話が可能ですが、バスなどの運転席の後ろに「筆談できます」などと書かれていることもあります。
・これは、いわば会話できない人が社会の中で苦労していることのあらわれです。極端な言い方をすれば、社会の中で孤立してしまっている姿です。
・ここで確認すべきは耳の聞こえの実際、聴覚についてではありません。先ほども言語能力ということはもちろんですが、神の御言葉に対する耳、賛美する舌とみることができると申しました。
・それでも神との関係で言葉を失っていることは、神との関係で孤立していると言えるのではないでしょうか。
・それは、自分自身の思いの中に閉じ籠ってしまっている私たち一人一人の姿だともいえるでしょう。
・神の御言葉を求めることなく、自分の言葉だけで自分を満たしてしまい、神の御言葉を締め出そうとしてしまう私たちの罪の姿です。
・そのような人の近くにイエスさまは来られたのです。神の御言葉から離れている異邦人の地域に足を踏み入れてくださり、出会ってくださいます。
・イエスさまが語られる福音、神の良き知らせは限られた者に対しのみならず、神の御言葉から遠く離れている者に対しても向けられるのです。

〇「開け」
イエスさまは「耳が聞こえず舌の回らない人」と向き合ってくださいます。「イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し」と記されているのは印象的です。
福音はすべての者に向けて語り示されるものです。しかし、同時に一人の人に向けて語られる、神の愛の知らせです。神の前に救われる群衆がいるのと同時に、かけがえのない一人一人がいるのです。
・あなたと出会い、これ以上ない良い知らせ、福音を語り示してくださるのです。神はあなたを愛し、救って下さるという唯一無二の知らせです。
・しかし、そのためには、私たちの耳が開かれることが不可欠です。当然のことながら閉ざされたままでは聞くべき言葉を聞き取ることはできません。
・しかも、神に対する耳が閉じ、舌がもつれている状況は、どのような医者によっても癒すことができません。神との関係についてはイエスさま以外に力を持っておられる方はいないのです。
・「舌のもつれ」と言われているのは、舌の束縛とか鎖という意味です。この人の舌を縛り付ける何かが存在しているのです。
・それは私たちを縛り付ける地上の事柄としてみるべきです。地上の事柄に縛られた私たちは、神さまに思いを向けることから離れてしまいます。
・自分のことや、世の事柄にばかりとらわれてしまう時、それが鎖のように絡みついて、身動きが取れなくなってしまい、目の前のことで一杯一杯になってしまうのです。
・神を賛美する思い、言葉が消え失せてしまいます。そのように神に対して閉ざされてしまっている人の舌のもつれをほどいて下さるイエスさまなのです。
・神に対して閉ざされた所に生きる人に向けて「エッファタ」「開け」と命じられるのです。力強い命令であり、宣言ともいえる言葉です。
・この開けは「開ける」と共に「解き明かす」という意味を含みます。神に対する耳を開き、舌をほどくとともに、神の御言葉を解き明かし、示す働きをイエスさまは担って下さいます。

〇「新しく生きる」
・しかし、イエスさまはこの出来事について口止めされます。まだその時ではなかったからでしょう。
けれども、「耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった」この人です。はっきりということは間違いなく、正しく話すことができるようになったわけです。
そうなると、その広がりを抑えることはできません。これを経験した本人はもちろん、周囲の人々は驚きと喜びに満たされるのです。偉大な神の御業を讃えずにはおられないのです。
しかも「イエスが口止めをされればされるほど、人々はかえってますます言い広めた」と言われるように、人々の思いは抑えきれないのです。
これが、イエスさまと出会い、あらゆる縛り、鎖から解き放たれた者としての新しい生き方です。神の御業のすばらしさを賛美し、言い広めるのです。
・この新しい生き方は礼拝の人生です。神の御言葉をはっきりと聞き取り、その御業を正しく讃美するのです。
・イエスさまの「開け」とのご命令は、私たちの存在に対してのご命令であり、神に目を向けることなく閉じ籠っているような私たちに対して、新たな扉を開き、神と共に生きる礼拝者、信仰者としての新しい道を示してくださるのです。
・陳腐な言い回しかもしれませんが、見える世界、景色が全く持って変わるのです。その前と後では全く違った世界を生きることになるのです。
・同じ所で、同じ生活をしていたとしても、そこに救いの御言葉があり、福音を携えて生きていくならば、それはもはや、別世界に生き始めるのも同じです。

・それまでの神から遠く離れて生きてきた者としてではなく、神によって新しい命を生きる者として、喜び、賛美の生活を送るのです。
・イエスさまは今この時も私たちに向けて「開け」と命じておられます。聞くべき御言葉を聞く耳を開いていただき、語るべき讃美の言葉を語ることができるようにしていただいて、主の祝福に満たされた道を共に歩んでいくのです。
・開かれた耳が主の御言葉を聞き、もつれていた舌が解かれた時主の御業を賛美したことは、耳と舌が本来の働きを取り戻したことをあらします。
・私たちの耳は主の御言葉を聞くために、私たちの舌は主の御業を賛美するために創られたのです。
・主によって開かれた新しい命を御言葉に聞き従い、賛美をささげ、祝福された者として歩んでいくのです。


私どもは宗教改革以来の改革派の信仰に立つ正統的なプロテスタント教会の一つです。
世界平和統一家庭連合(統一教会)、モルモン教、ものみの塔等とは、一切関係がありません。

今週の聖句 
わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。
ヨハネによる福音書1章16節より

教会全景

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 このホームページに引用される聖書は「聖書 新共同訳」であり、
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牧師 阿部 啓(あきら)