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豊橋中部教会は1896年に創立した日本基督教団に属する教会です。また、宗教改革以来のプロテスタント教会で、改革・長老教会の伝統を重んじる全国連合長老会に所属し、その中の地域である東海連合長老会に属する教会です。
聖書の御言葉に聞く礼拝を第一としています。神の御言葉である聖書に耳を傾けることが人生において最も大切であると考えるからです。共に聖書の御言葉に耳を傾け、真の安息の中を歩むことができればと願っています。
日曜日の礼拝でお会いできるのを心待ちにしております。
礼拝出席がかなわない方などは、牧師にご相談ください。
次週礼拝
主日礼拝 召天者記念礼拝
日 時 : 11月 3日(日) 10時15分~
説教題: 「復活の体」
聖書箇所 イザヤ書 25章 6節-10節
コリントの信徒への手紙Ⅰ 15章 50節- 58節
説教者: 阿部 啓牧師
2024年10月 20日
非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。
そこで、そのうちの多くの人が信じ、ギリシア人の上流婦人や男たちも少なからず信仰に入った。「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した。
使徒言行録17章 11節ー12節より
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聖 書 列王記下 22章 1節- 2節
使徒言行録17章10節-15節
○「ベレアからアテネに逃れる」
・パウロたちはテサロニケという町で深刻な迫害が予想される中で、ベレアという町に逃れます。さらにベレアから海岸に出て船でアテネに行ったことが示されます。
・この旅程については、ベレアの海岸に行ったように見せかけて実は陸路でアテネに向かったとするものもあります。これは、迫害者の目を欺き安全に旅するためのものだった考えられます。
・その辺りの実際のところは明確ではありませんが、パウロが迫害者を逃れてベレアを後にしなければならなかったことは間違いありませんし、そのために主にある兄弟たちが協力したことも明らかです。
・更に追跡してくる迫害者たちの目的はパウロであって、シラスとテモテには興味を持っていなかったように思われます。とにかくパウロを捕まえることに躍起になっていたのです
・そこには明らかにユダヤ人としてのやっかみがあったのです。テサロニケのユダヤ人の会堂にいた多くのギリシア人やおもだった婦人たちがパウロとシラスに従ったことが17.4に記されていました。
・この事実をユダヤ人の会堂側から考えると、共に会堂で礼拝してきて、もう少しでユダヤ教に改宗しそうな人々がいたにもかかわらず、パウロが語る言葉を聞いてしまい、キリスト教に改宗してしまったといった感じです。ユダヤ教に改宗するはずだったのに、キリスト教にかっさわれてしまったと思っていても何ら不思議ではありません。
・本来であれば、信仰の事柄は信じる側の決断が求められるものですから、教会側が思い描いた通りにいかなかったからといって、腹を立てるのはおかしなことです。もしそのようなことがあったとしたら、自らを省みる材料とすべきでしょう。
・私たちは自分に非があると思われることがあっても、素直にその非を自分のこととして認めることができないことがよくあります。それどころか自分以外の誰かに、何かに転化してしまい、自分を正当化してしまうことが本当に多いのです
・しかし、パウロを追ってきたテサロニケのユダヤ人のことを思うと、パウロが語る福音の方が人々に響いただけの事であって、パウロたちが何か責められるような罪を犯したわけではありませんでした。
・それでも彼らはパウロたちを「イエスという別の王がいる」といってローマ皇帝に反逆する罪人に仕立て上げようとしているのです。もちろんパウロたちにはそんな意図は全くありませんが、人間の嫉妬や思い込みというものは時にとんでもないことをしでかすものです。
・しかし、14.19を振り返ると、リストラで伝道活動をしていた時アンティオキアとイコニオンのユダヤ人たちがやってきて、暴力事件を犯したことが記されています。自分たちの意にそぐわないことに、暴力や権力に訴えることは珍しいことではなかったのかもしれません。これは誹謗中傷が広がる現代と大きな違いがないかもしれません。
・少なくともパウロにとっては初めての経験ではなかったと言えます。それだけにすぐにこのベレアという町を離れる必要があると判断されたのでしょう。
〇「ベレアの人々」
・けれども、テサロニケでもベレアでも同じだと思われますが、パウロ自身は町を出ていきたいとは思っていなかったはずです。
・特に本日のベレアのユダヤ人の会堂ではテサロニケよりも喜んで御言葉に聴こうとする人々の存在がありました。打ては響く状況です。そのような状況で語ることは伝道者にとっては大きな喜びです。
・理解しようとする思いがある積極的な相手に、何かを教えたり伝えたりする時に私たちは非常に大きな喜びややりがいを覚えることがあります。この喜びの背後には自分が大切にしていることを共有してくれる相手がいるという思いが少なからずあるのではないでしょうか。
・否定的に敵意向き出しで向かってくるような人を相手にするよりも、肯定的に受け入れようとする相手と向き合う方が、どれほど心地よいかは言うまでもありません。同じ労力を費やすにしても疲労度が大きく違うのも間違いありません。
・ここベレアのユダヤ人たちは素直でした。11節に出てくる素直という単語は「高貴な」とか「生まれながらに家柄が良い」もう少し言うと「気品がある」という意味の言葉です。
・それを素直と訳す背景には、良いものに対して目が開かれているとか、良いもの受け入れる良い素地を持っているといった感覚的なものがあるのではないかと思います。
・パウロが語るキリストの福音が何よりも良いものであることを感じ取ることができる人々だったのです。しかも単に感覚的に受け入れるのみならず、彼らは「非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた」のです。
・「そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた」と言われると、何か粗探しとか批判的な言葉のように感じられることもありますが、ここではその正しさを確認するために、福音の根拠を聖書に求めていたというべきです。
・同じ言葉を前にしても、批判してやろうといった思いで読むのと、受け入れようという思いで読むこととは全く違った向き合い方になります。不思議なことに同じ言葉を読んだとしても全く違った結果になるということが当然のごとく起こるのが、私たちの現実です。
・それぞれの置かれている立場や理解によってその聞こえ方が大きく変わってしまうのが、私たちの語る言葉であり、私たちの受け止め方だということです。
・しかし、キリストの福音はそのような私たちの思惑を超えた形で語り示されるのです。キリスト教的素地を持っていなくとも本物を聞き分ける素地を持つ人々には分かるのです。分かる人には分かるのです。同時に分からない人には分からないと言わざるを得ませんが、それでも福音の真実、その力を信じて語り続けるのが私ども教会の伝道です。
・パウロたちはベレアに聞く耳を持っている人々がいると分かっていて語り始めた訳ではなかったはずです。何が起こるか、どのような人々なのか、などあらゆることが未知数の状況で語り始めているからです。むしろメシアの到来を待ち望み続けていることからキリストはまだ来ていないと考えるのが普通です。
・それでもベレアの人々はキリストに対しての思いが開かれて、パウロが語る福音をあらゆる聖書のみ言葉に照らし合わせて理解することを真剣に求めたのです。
・このようなことが真剣に行われることはパウロからすると願ったり叶ったりで、生き生きとキリストを証ししたことが目に浮かぶようです。またそのようなパウロの生き生きとした主を証しする言葉は、人々の思いを確かにキリストへと向けさせるのでした。
・やはり何かを伝えようとする言葉は、語り手の熱量によって響き方が大きく変わってくるものです。それは信仰の確かさにかかっているといっても良いでしょう。
・これは決して声の大小や言葉遣いや文章表現などのテクニカルなことを指して言うのではありません。語り手がどこに立っているかで、語られる言葉の響きが大きく変わるということです。
・これは説教者としてはプレッシャーを覚えるところですが、説教自体もまた自分の思いを表現する言葉ではないことを考えると、プレッシャーを覚えること自体が自分中心であると指摘されるべきことなのかもしれません。
・説教者を含めて私ども教会は常に純粋に神の御言葉に聴くことを求めていくのです。素直に福音を聞く、それをそのまま伝える働きに召されているのが信仰者だからです。
〇「主のみ言葉が素直に聞かれるところで」
・そういった素直さと高貴さとか気品があることが同じ単語であることを紹介しましたが、あくまで印象に過ぎませんが、高貴な家柄は誤ったことに触れることが少ない存在だといえるのではないでしょうか。
・世間知らずとも称されることもあるかもしれませんが、良いものだけに触れて生きていくことは、素直な人間として成長することと近い意味合いを持っているといえると思うのです。
・もっといえば誤ったことに触れることがなければ、誤った考えに至ることはないのです。良いものだけに触れていれば、良いものだけを受け入れる素地ができるのです。
・誤ったことを見分ける一番の方法は誤ったことを知ることよりも、正しいことを徹底して知ることです。そして、正しいことから離れていることを見極めるのです。ここに素直という単語の成り立ちに通じる部分があるのです。良いこととして示されたことをそのままに生きるところに、良い道が与えられていくのです。
・旧約聖書に登場するヨシヤ王はエルサレム神殿修復中に見つかった律法の書を読み、国内の偶像を徹底的に排除する宗教改革に取り掛かります。彼はそれだけ、主なる神にのみ仕えることを求めたのです。
・このことから王下22.2「彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった。」と語られているのです。
・これは、主に対するまっすぐさをそのままに言い表している一文だともいえます。素直さをまっすぐさとして言い表すことはしばしばあります。目的に一直線に進むこともその一つです。ヨシヤ王は主なる神のみをまっすぐ見上げて、神の民としての王国建設に仕えようとしたのですが、残念ながら志半ばで戦死することになってしまいます。
・それでも、主なる神に対する素直さの中で荒廃した国内の信仰の在り方を懸命に正したヨシヤ王の姿を見習うべきです。主なる神にのみ集中して生きる共同体の確立を私たち教会もまた求めているからです。
・パウロの言葉を素直に聞き、聖書の御言葉によって確信を求めたベレアの人々の多くがキリストを信じる信仰へ導かれました。そしてキリストが神の言葉として宣べ伝えられたことが明確に語られています。
・ベレアの町の出来事はこの箇所でしか語られることはありませんが、パウロがこの町を後にするも、シラスとテモテはここに残り、信仰に入って間もない人々を教え、励ましました。
・つまり、ここでもキリストを中心とした交わりとしての教会が建てられたことを思わされるのです。この姿から私たち教会が何を見て、何を伝えるのかが示されてくるのではないでしょうか。
・パウロを追ってきたテサロニケの人々は、パウロを目の敵にして追いかけるあまり、シラスとテモテには目もくれません。彼らが見ているのは、パウロだけでした。
・一方でパウロの働きはキリストを宣べ伝えることです。パウロを中心になされる働きではありますが、同労者であるシラスとテモテによってもこの働きは成し遂げられるのです。
・その理由は簡単です。彼らの働きは彼ら個人のこととして行われているわけではないからです。主なる神のお働きとして行われているのです。だから、パウロであろうとシラスであろうとテモテであろうと、主が用いられ、主の御業として伝道の働きが行なわれるのです。
・自分のこととしてではなく、素直に、まっすぐに主の救いの出来事を福音として語り示すのです。生まれたばかりの信仰者の群れに福音に生きる信仰者の喜びを語り示し、恵みの豊さを伝えるのです。
・ここにこそ私たちの生きる道がある。かけがえのない確かな希望があることをまっすぐに伝えるのです。ここに自分の思いを付けくわえたり、状況に応じて取り除いたりする必要はありません。受けたことをそのままに伝え、受け入れ、生きるのです。
・その純粋さが保たれるように聖霊の導きを祈り求め続けるのが信仰の歩みです。なぜならば、私たちはすぐに自分たちの状況によって語ることを変えてしまうことがあるからです
・けれども語り口を変えたとしても、語る内容を変えることがあってはなりません。切り口はいくらでも変えることはできますが、ナザレのイエスがキリストであること、このキリストが私たちの罪を赦すために神が地上に遣わしてくださった救い主であること、旧約聖書以来、神が約束してくださったメシアがこのイエスであることを変えることはないのです
・それはどれだけ時代を経ても変わることがないメッセージです。そしてこのメッセージは単なる言葉として与えられるだけではなく、私たちを生かす神の力として私たちに与えられるものです。
・キリストはとこしえに私たちの救い主としていてくださる方だからです。今この時においてもあなたの傍らにいてくださり、み言葉をもって語りかけていてくださいます。
・たとえ目の前にいなくとも確かな力ある言葉をもって、共にいてくださるのです。物理的な距離が関係性の強さを生み出すことは十分に理解できることだと思いますが、信仰の関りはそういった人の感覚を超えて働きます。
・パウロも先にアテネまで行くことになりますが、決してベレアの人々に対する思いを捨て去ったのではありません。シラスとテモテを通して彼らの信仰が強められるように励ましているのです。
・この視点はもう少し範囲を広げて、マケドニア州の教会というべきかもしれません。一テサロニケ3.1-3aには「そこで、もはや我慢できず、わたしたちだけがアテネに残ることにし、わたしたちの兄弟で、キリストの福音のために働く神の協力者テモテをそちらに派遣しました。それは、あなたがたを励まして、信仰を強め、このような苦難に遭っていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。」とあります。
・自分が行くことで教会に対する迫害が強まるかもしれないから行くことはしないけれども、苦難の中に置かれているテサロニケ教会の状況を見過ごすことは我慢できないのです。そこでテモテをテサロニケ教会に遣わします。
・また18.5を見ると「シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると」とあります。具体的な町の名前は分かりませんが、シラスもまたマケドニア州のどこかへ遣わされていたのです。
・恐らくマケドニア州全体にテサロニケのユダヤ人のパウロに対する監視が広まっていたのでしょう。そのような中でパウロに代わってシラスとテモテが遣わされ、み言葉による励ましを与えて回っているのです。
・主のみ言葉が真実に語られるのであれば、誰が遣わされようと大した問題ではないのです。また、それが大した問題ではないと言い切れる現実が与えられるように、私ども教会も素直に御言葉に聴く教会として歩み、そのような交わりから、主に仕える者を生み出す働きに仕えることができれば、どれほど幸いなことでしょうか。
・まっすぐに主のみ言葉が語り伝えられる交わりは、物理的な距離感や直接のふれあいだけではなく、祈りの交わりによって遠くにあっても励まし合うことができる、主にある交わりの中に生かされます。
・どうか主のみ言葉をまっすぐに聞き、信仰の友として祈り、祈られる良き交わりを作ることができるように努めていきましょう。
私どもは宗教改革以来の改革派の信仰に立つ正統的なプロテスタント教会の一つです。
世界平和統一家庭連合(旧・統一教会)、モルモン教、ものみの塔等とは、一切関係がありません。 |
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