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   お知らせ
※作今の状況を踏まえ、礼拝にて手指の消毒とマスク着用をお願いすると共に、ロビーのお茶の用意を当面の間休止いたします

新型コロナウィルス関連
感染症予防対策の上、以下のとおりに集会を開催いたします。
〇主日礼拝ではマスク着用で讃美歌を歌います。
〇聖餐式の執行は控えますが、聖餐を覚えて聖書朗読とメッセージを聞き、讃美歌を歌います。
〇入退場時に手指の消毒にご協力ください。
〇窓を常時開放しています。各自での防寒対策をお願いします。
〇祈り会 
毎週水曜日
午前10時~、午後6時半~
〇教会学校
日曜午前9時~
〇バイブルカフェ
12月10日(木)10時半~
 
教会での礼拝に出席できない場合には、家庭で礼拝予告にある聖書箇所を読み、祈りを合わせましょう。

  豊橋中部教会のホームぺージへようこそ!!

豊橋中部教会は1896年に創立した日本基督教団に属する教会です。また、宗教改革以来のプロテスタント教会で、改革・長老教会の伝統を重んじる全国連合長老会に所属し、その中の地域である東海連合長老会に属する教会です。

聖書の御言葉に聞く礼拝を第一としています。神さまの御言葉である聖書に耳を傾けることが人生において最も大切であると考えるからです。共に聖書の御言葉に耳を傾け、真の安息の中を歩むことができればと願っています。

日曜日の礼拝でお会いできるのを心待ちにしております。
礼拝出席がかなわない方などは、牧師にご相談ください。

次週礼拝

日 時 : 11月29日(日) 
説教題: 「アブラハム、イサク、ヤコブ、サラ」
聖書箇所: 創世記12章1節-4節a
      ヘブライ人への手紙11章8節-12節
説教者:  阿部 啓牧師 

2020年11月22日説教要旨
ヘブライ人への手紙11章4節-7節

「その信仰によって世界を罪に定め、また信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました。」
        (ヘブライ人への手紙11章7節より)

・「信仰によって」という表現が繰り返されるヘブライ人への手紙の部分を見ていくことになりますが、ここで言われているのは旧約聖書の登場人物たちの姿です。
・アベル(「はかなさ」「息」の意)は最初の殺人事件の被害者です。彼は物語の中で一言も発することなく、表舞台から去っていきます。名前通りはかない存在だと言えるでしょう。
・その兄カイン(「槍」「鍛冶屋」の意)は、弟アベルを殺してしまう殺人という最も重い罪を犯してしまう存在です。
・カインとアベルの物語を見る時、理不尽さがぬぐえません。アベルは何も悪いことはしていないのに、殺されてしまうし、カインも神さまに献げ物をもってきているのに、なぜだか分からないまま、受け入れてもらえないからです。
・少しでも、受け入れられない理由が明らかにされていれば、カインも弟を憎むことがなかったのではないかとも思うのです。しかし、理由は釈然としないまま、主は弟アベルの献げ物に目を留め、兄カインの献げ物には目を留められないという事実だけが告げられるのです。
・実は神さまがお示しになることは理不尽なことがあり得るのです。人の思いをはるかに超えた理解しがたい出来事が起こるのです。
・しかし、ここに見る理不尽さは無責任なものではありません。人の間の理不尽さはそれを経験した者を打ちのめして、時には悲惨な結果をもたらしますが、神の理不尽は最後まで責任を持ってくださいます。
・「アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています」(ヘブ11.4)と言われるほどに、神さまはアベルを用いられます。
・カインについても、「主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。」(創4.15)とあるように、確かな守りを与えられています。
・徹底して関わってくださる神さまの姿がここにあるのです。
・さらにエノク(「召し使い」の意)ですが、彼についての詳細は分かりません。ただ「エノクは死を経験しないように、天に移されました。神が彼を移されたので、見えなくなったのです。移される前に、神に喜ばれていたことが証明されていたからです。」(ヘブ11.5)と言われているように、神に仕えた人物として伝えられています。
・特徴的なことは、死を経験せずに天に移されたと言われていることです。「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」(創5.24)に端を発する理解ですが、家系の中の他の者は死んだと記されている中で、彼だけが、特別な地上の終わり方をしているのです。
・この姿から、彼が神にすべてを献げ、仕えた人物であったことが推測されるのです。神からの最大の祝福として「天に移される」ということを経験しているからです。
・「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです」(ヘブ11.6)はその理由だと言えます。
・さらにもう一人、ノアです。「 彼は、「主の呪いを受けた大地で働く我々の手の苦労を、この子は慰めてくれるであろう」と言って、その子をノア(慰め)と名付けた。」(創5.29)と名前の由来が記されています。
・その原意をたどっていくと「休息」だという意味だそうです。ノアの箱舟の物語は大変有名な物語です。大きな困難の中、地上を慰め、まことの休息を求めていくような姿が彼の物語にはあると言えるでしょう。
・「ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ。」(創6.9)とあります。純粋な信仰の持ち主でした。
・しかし、それに先立つ言葉として「ノアは主の好意を得た」(創6.8)という言葉があります。ノアが純粋な信仰をもって生きるよりも先に、主の好意があるのです。
・人が神と共に生きる道を選ぶ前に、神が人に目を留めて下さり、選び、祝福してくださるのです。
・信仰の決断は私たち自身がするものです。しかし、その背後には私たちの決断に先立つ、神さまの選びがあるのです。
・そして、信仰を与えられた者として喜びをもって主に仕え、従って生きていくのです。ノアの歩みもそうでした。
・彼は洪水の中で不安を抱えて過ごしていたことでしょう。それだけにハトがオリーブの葉をくわえて戻ってきた時には安堵したことでしょう。ハトがとまる所を見つけて戻ってこなかった時の喜びはひとしおだったことでしょう。
・そして、神さまの祝福と契約のしるしの虹が示されて、箱舟を降りる時には、新しい生活に対する希望で満ち溢れていたことでしょう。
・私たちは今、新型コロナウィルスによって、暗い影に覆われている世界を生きていると言ってもよいでしょう。けれども、このような時にあっても確かな希望があることを知らされるのです。
・目に見えない不安は理不尽な力を振るいます。しかし、見えない信仰の力もまた、私たちの確かな力です。励ましを希望を与えるのです。それを知らされている以上、どのような時にあっても主に信頼することから離れないのです。
・何よりも神さまとの関係の中で最大の理不尽を経験されたのがイエスさまです。何一つ罪を持たないにもかかわらず十字架にかかられ、神の御子でありながらも、人の中で生きられた。この理不尽さをだれが理解できましょうか。
・それでもイエスさまは、神さまのご計画が行われるために、この道を歩み抜いてくださいました。私たちの救いのためにすべてを受け入れ、行なって下さったのです。ここに神の愛があります。私たちの希望の源があります。
・「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハ3.16)との言葉は真実です。
・私たちにはクリスマスの出来事、イエス・キリストのご降誕によって、まことの救いと希望が与えられています。
・来週から、私たちはクリスマスを待ち望む準備の時であるアドベントの歩みを始めます。ノアが契約の虹を見て、新しい期待と共に箱舟を降りたように、私たちもキリストのご降誕によって新しい命が確かにされる希望と救いの確かさ、そして主が再び来られる日を仰ぎ見つつ、クリスマスを喜び待ち望むアドベントを迎えるための一週間を歩み始めていきたいと思います。



私どもは宗教改革以来の改革派の信仰に立つ正統的なプロテスタント教会の一つです。
世界平和統一家庭連合(統一教会)、モルモン教、ものみの塔等とは、一切関係がありません。

今週の聖句 
腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。
   ルカによる福音書
         12章35節より

教会全景

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 このホームページに引用される聖書は「聖書 新共同訳」であり、
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牧師 阿部 啓(あきら)