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新型コロナウィルス関連
感染症予防対策の上、以下のとおりに集会を開催いたします。
〇マスクの常時着用
〇入退場時に手指の消毒にご協力ください。
〇窓を常時開放しています。
〇来会前には検温し、平熱より高かったり、体調がすぐれない場合は来会を控えてください。また、日々の検温も心掛けてください。
〇祈り会 
毎週水曜日
午前10時~、午後6時半~
夏期は(9月1日まで)、教会での会は休会し、家庭祈祷となります。
〇教会学校
日曜午前9時~
〇バイブルカフェ
8月は休会です。
次回9月16日(木)10時半~
 
教会での礼拝に出席できない場合には、家庭で礼拝予告にある聖書箇所を読み、祈りを合わせましょう。

  豊橋中部教会のホームぺージへようこそ!!

豊橋中部教会は1896年に創立した日本基督教団に属する教会です。また、宗教改革以来のプロテスタント教会で、改革・長老教会の伝統を重んじる全国連合長老会に所属し、その中の地域である東海連合長老会に属する教会です。

聖書の御言葉に聞く礼拝を第一としています。神の御言葉である聖書に耳を傾けることが人生において最も大切であると考えるからです。共に聖書の御言葉に耳を傾け、真の安息の中を歩むことができればと願っています。

日曜日の礼拝でお会いできるのを心待ちにしております。
礼拝出席がかなわない方などは、牧師にご相談ください。

次週礼拝

主日礼拝 
日 時 : 8月1日(日) 
説教題: 「選ばれた12人」
聖書箇所: 出エジプト記29章29節-37節
      マルコによる福音書3章13節ー19節
説教者:  阿部 啓牧師 

       2020年7月25日説教要旨
    マルコによる福音書3章7節ー12節
「汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。」  
             マルコによる福音3章11節より

イエスさまの言動を聞いたおびただしい群衆が集まってきています。彼らは伝え聞いたことを頼りに、集まってきているのです。
・このような姿からイエスさまが教会に集まる者たちに何を求めておられるのか。なぜ私たちは教会に招かれているのかということを共に聞くことができればと思います。
・イエスさまが活動された新約聖書の時代では、病は神との関係の破れとして理解されていました。神さまに対する罪や不誠実が理由で病にかかるといった具合です。
それを象徴するかのように、目の見えない人を前に「弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」」(ヨハネ9.2)というやり取りがあります
・盲目の理由を本人や家族の罪に見出そうとしているのです。病=罪という常識がここにはあるのです。今の私たちからすると極めて非常識なことです。
・だからこそ、律法を守ることを第一としていた人々の思いの中には、病気で苦しまないようにということも当然あったと思います。律法を守れば、神の国の住人とされ、神さまとの関係の破れである病からは遠ざけられると考えるのは当たり前だからです。

・こうして、癒しということと共に、神さまとの関係の回復を切実に求めていくのです。この姿は当時の人々の日常的な姿であり、イエスさまも人々のこういった思いに応えるような形で、様々な奇跡を行なわれていました。
・具体的には神さまの御言葉である聖書に精通している人々を頼っていると言えるでしょう。そこで聞こえてきた人々の話では、イエスさまが神さまについて語り知らせ、その言葉によって癒しを与えているという情報が知れ渡るのです。
・イエスさまが奇跡として行なわれた癒しは、具体的な治療というよりも、神との関係の回復でした。それはこの時代の人々の病気の理解でも確認したように、この時代に相応し形で行われた奇跡でした。
・しかし、イエスさまの奇跡の本質は神の国の到来を知らせることです。マルコによる福音書が記すイエスさまの第一声は1.15にある「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」という言葉です。
・ここにイエスさまの招きがあります。教会に招かれている意味があります。福音を信じ、神の国への招きに応えるために教会に招かれている私たちです。
・教会でしか、神さまの救いの御言葉に触れることはできません。ただ聖書を読むだけでは聖書のみ言葉は救いのみ言葉とはなりません。イエスさまを救い主と信じる信仰によって、聞くことが不可欠です。
・そして、この信仰は私たち自身の努力や経験によって養われたり、保たれたりするものではありません。ただただ神さまからの一方的な恵みによって備えられ、聖霊の導きのうちに保たれるのです。
・だからこそ、教会の交わりの中で、共に礼拝において聖書のみ言葉を聞くところに、神さまの救いのみ言葉が響いてくるのです。私たち信仰者は、教会の交わりの中でこの救いの御言葉を喜びと共に受け止めるのです。
・おびただしい群衆がイエスさまのもとに押し寄せてきたのは、少しでも癒しを得たい、救いにあずかりたいという切実な思いをもってのことでした。
・私たちもそれだけ切実な求めをもって、イエスさまを求めているかどうかを振り返ることも大切でしょう。頼るべき方はこの方のみだという確信をもって、礼拝を献げているかどうかです。
・教会全体が、信仰者の一人一人が、イエスさまを求めて集まってきたおびただしい群衆のように、救いを求めて集まってきているかどうかということは、常に意識しておくべきだと思います。
・教会全体としても、一人一人の信仰者としても、真剣にイエスさまの救いを求め続けていくのです。
・加えてイエスさまに対する思いというものがどういったものかというのを合わせて伺い知ることができるのが本日の箇所です。
・ここで、イエスさまを神の子だと認めて、叫んでいるのは「汚れた霊ども」です。おびただしい群衆はイエスさまを求めて集まってきたことを記されていますが、結果として彼らがイエスさまを救い主と信じたとかいったようなことは記されていません。
・イエスさまがどのような存在かを言い表しているのは汚れた霊どもなので、それも極めて正しく「あなたは神の子だ」というのです。しかも、「イエスを見るとひれ伏して」と言われているように、言葉だけでなく、態度を通しても神の子に対する姿を現しているのです。
・この汚れた霊の姿は、神の子の正しさに恐れをなしている姿です。汚れた霊からすると、恐怖に満ちた状況です。自分たちの存在が脅かされて、滅ぼされるという恐怖に満ちているのです。
・恐怖から「あなたは神の子だ」と口にしているのです。だからこそ、イエスさまは汚れた霊どもに対して「自分のことを言いふらさないようにと霊どもを厳しく戒められたのです。
・この汚れた霊どもに対する沈黙命令は、イエスさまが恐れから生じるものを求めてはおられないということを示しているのではないでしょうか。
・恐怖にかられた消極的な言葉ではなく、喜びに満ちた積極的な言葉をもって賛美されることを求めておられるのです。
そう考えると、教会に招かれている者が、真剣にイエスさまを求めているということとつながっています。
・真剣に救い主であるイエスさまを求めるからこそ、この方と出会う礼拝の時が喜びに満ちた時となるからです。
・イエスさまと出会い、まことの救いと神の国への招きという私たちがどうあっても獲得することができないような事柄を示し、与えてくださるみに感謝と喜びをもって、礼拝するのです。
・そして、この喜びこそが、キリストを宣べ伝える福音宣教の大きな力となります。あなたがイエスさまとともに喜んで生きることが何よりもイエスさまが求めておられることなのです。
・恐怖による告白ではなく、心からの喜びによる「あなたは神のです」という告白と共に新しい一週間を始めていくのです。




私どもは宗教改革以来の改革派の信仰に立つ正統的なプロテスタント教会の一つです。
世界平和統一家庭連合(統一教会)、モルモン教、ものみの塔等とは、一切関係がありません。

今週の聖句 
光の子として歩みなさい。
――光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。――
    エフェソの信徒への手紙
         5章8-9節より

教会全景

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牧師 阿部 啓(あきら)