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新型コロナウィルス関連
感染症予防対策の上、以下のとおりに集会を開催いたします。
〇マスクの常時着用
〇入退場時に手指の消毒にご協力ください。
〇窓を常時開放しています。
〇来会前には検温し、平熱より高かったり、体調がすぐれない場合は来会を控えてください。また、日々の検温も心掛けてください。
〇その他、来会の際に教会の掲示物をご確認ください。
〇祈り会 
毎週水曜日
午前10時~、午後6時半~
〇教会学校
日曜午前9時~
〇バイブルカフェ
9月16日(木)10時半~
 
教会での礼拝に出席できない場合には、家庭で礼拝予告にある聖書箇所を読み、祈りを合わせましょう。

  豊橋中部教会のホームぺージへようこそ!!

豊橋中部教会は1896年に創立した日本基督教団に属する教会です。また、宗教改革以来のプロテスタント教会で、改革・長老教会の伝統を重んじる全国連合長老会に所属し、その中の地域である東海連合長老会に属する教会です。

聖書の御言葉に聞く礼拝を第一としています。神の御言葉である聖書に耳を傾けることが人生において最も大切であると考えるからです。共に聖書の御言葉に耳を傾け、真の安息の中を歩むことができればと願っています。

日曜日の礼拝でお会いできるのを心待ちにしております。
礼拝出席がかなわない方などは、牧師にご相談ください。

次週礼拝

主日礼拝
日 時 : 9月26日(日) 
説教題: 「応じた言葉」
聖書箇所: エゼキエル書17章22節ー24節
      マルコによる福音書4章26節ー34節
説教者:  阿部 啓牧師 

       2020年9月19日説教要旨
    マルコによる福音書4章21節ー25節
「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない。 聞く耳のある者は聞きなさい。」
        マルコによる福音書4章22節、23節より

職台のともし火
・ともし火といわれているものは、ランプといっても良いものです。油を用いて灯す光です。言うまでもなく暗い時に、明るくするためのものです。

・そして、升の下に置くということは火を消すための行為です。ただ息で吹き消すと煙が立つので、窓のない家が一般的だったパレスチナ地域では、升のような容器を使って火を消していたそうです。
・つまりともし火を升の下に置くためだろうかということは、消すためにわざわざ火をつけることはないだろうということです。
・寝台の下に置くということも、意味のない行為です。せっかくの部屋を照らす光を覆い隠すわけですから、そんなためにわざわざ火をつける必要がないわけです。
・升の下に置くことも寝台の下に置くことも、ともし火の使い方として間違っているのです。周囲を照らし出すはずの光を無駄遣いしているのです。

〇ともし火とは何を指している?
・では、そもそもこのともし火とは何をたとえて語られているのでしょうか。
・それは、わたしたちの暗闇を照らす光です。み言葉の光です。
ヨハネ1.1-51初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。2この言は、初めに神と共にあった。3万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。4言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。5光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
このヨハネによる福音書で語られている「言」が、ともし火が何をたとえているのかということの答えだといってよいでしょう。光としての言です。救い主であるイエスさまそのものです。救いのみ言葉、福音です。
〇み言葉をどう受け取るべきか
・イエスさまが語り示して下さる救いのみ言葉がともし火として語られています。
・そして、それを受け取るべき私たち人間が、特にここでは、イエスさまの目の前にいる弟子たちが、いかにみ言葉を理解できないかということを示しています。

・聞いたけれども升の下に閉じ込めてしまったならば、その火が消えてしまうように、その人の中から信仰が締め出されてしまうのです。
・寝台の下に隠そうものなら、あるはずのものが隠されてしまって、陽の目を見ることもなくなってしまうのです。
・たとえば、自分が使い方を熟知している道具などを貸したり、譲ったりした相手が見当違いの使い方をしていたとしたら、誰でも注意するのではないでしょうか。
・少なくとも、もっとこうした方が良いとアドバイスをすると思います。それはせっかくの良いものがその力を発揮できないのはもったいないからです。
・どうせ使うならば、最大限の力を発揮できるような使い方をしてもらいたいと思うものです。
・イエスさまもご自身が語り示された、この上ない神の救いのみ言葉、福音が、人々の間で正しく用いられることを何よりも求めておられるのです。
しかし、扱われているものは神さまのみ言葉です。受けとるべきは私たち人間です。どうしても見当違いの受け取り方をしてしまう間違いが生じてしまうのです。
・そのような私たちの見当違いの扱いをただすように、イエスさまはたとえをもって語っていてくださいます。種を蒔く人のたとえでも同じでしたが、み言葉は受け取って終わりではないのです。
・主のみ言葉は必ず公然と表れて、世の光としてすべてを照らし出すのです。それは私たち一人一人のうちにおいても、教会の中でも、この世界のありとあらゆる所においても、確かな世の光となって下さるのです。

〇聞く耳のある者は聞きなさい
さらに、23節で「聞く耳のある者は聞きなさい」と9節の種を蒔く人のたとえの締めくくりに確認された信仰の応答について改めて目を向けさせます。
イエスさまのたとえ話は、時に理解するには難しいのです。私たちに聞く耳が備わっていないと言われれば尚のことです。
・この背景には信仰の応答があります。信仰の事柄は私たちの努力から始まるものではありません。主の備えによって与えられるものです。
・聖霊の導きによって今の私たちに確かなものとして与えられるものです。
・つまり、聞く耳のある者は聞きなさいと言われている「聞く耳」は自分自身で作り上げるものではなく、聖霊の導きによって開かれ、聞くべきみ言葉を聞き取る耳なのです。
・自分の努力によって勝ち取るのではなく、与えられたものを受け取る姿がここにも示されているのです。聞くべき耳もまた、神さまからの恵みによって与えられるものなのです。

〇聞くべき内容
・そこから、イエスさまは「何を聞いているかに注意しなさい」と注意を促します。これは私たちが何を見ているのかということを問われているといっても良いでしょう。

・主なる神さまを見つめつつ、そのみ言葉に聞くことを真剣に求めていくならば、更なる成長が約束されているのです。
一方で「持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」と言われていることに混乱を覚えるかもしれません。
自分はみ言葉を持っている、神の前に正しい者だと思っていても、実は何も持っていないというような悲惨な状況です。こんなこと言われると自分がそれではないかとの恐れを抱くかもしれません。
・ここで言われる持っていない人というのは、み言葉への姿勢、信仰を持ち合わせていないのです。聞く耳をもっていない人です。
・つまり、すべてに先立っている主のみ言葉を信仰を持って聞くことが私たちが聞くべき内容なのです。神の言葉に聞いているならば、さらに恵みは加えて与えられるのです。

〇歩むべき道
・信仰者の歩みは主の力強い業によって導かれます。主の力を砦とし、守り導かれる、主のみ言葉であふれた生活です。
・このような恵みに充たされて生きる時、深い感謝と共に生きる者とされていきます。日常の歩みが主によって備えられている喜びを知るからです。
・この喜びはあらゆる感謝を生み出す源です。そして、主の備えに信頼して生きることの確かさをはっきりと示されるのです。
・そして、神さまは忍耐して待っていて下さいます。
・私たちのすべてにおいて、み言葉が公のものとなり、イエスさまの光によって照らし出される救いのみ言葉が地上に満ち溢れることを。福音に生きる信仰の喜びで私たちのすべてが満たされることを。

・そして、私たちもみ言葉が隠されることのなく、公にする光としてすべての者の上に注がれ、この世界のすべてが主の救いにあずかる時が来ることを待ち望むのです。
・それは、主が再び来られる再臨への希望でもあり、信仰を持って迎えるならば、全てのことが公にされ、隠れる必要のない時です。
・主のが再び来られる時を喜び待ち望むことが許されるように、み言葉の光に照らされて、信仰と共に公の歩みを進めていくのです。



私どもは宗教改革以来の改革派の信仰に立つ正統的なプロテスタント教会の一つです。
世界平和統一家庭連合(統一教会)、モルモン教、ものみの塔等とは、一切関係がありません。

今週の聖句 
キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。
   テモテの手紙二1章10節より

教会全景

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 このホームページに引用される聖書は「聖書 新共同訳」であり、
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牧師 阿部 啓(あきら)